2005年 06月 06日
The sunday

ションゼリゼー通りにて

土曜は朝早くまで遊んでいたので 日曜日の朝は遅かった
ゆっくり眠れると思って寝始めてから5時間後 マルシェに来いとチュニジア大統領から電話
顔だけ洗って 出かける
実は今日2012オリンピックのキャンペーンでションゼリゼー通りでは大きなイベントが開催されていた
自転車とローラーでションゼリゼーまで出かけよう!
チュニジア大統領は自転車で
わたしは 途中までローラーでいった・・けど 疲れたのでメトロでワープ

このときはこの日がどんな日か想像もできなかった

メトロに着いてチュニジア大統領と合流すると
警察が 「地図欲しい?2枚あげる」 と渡してきたので 受け取ると
いきなり フランス訛り英語で「ビウティフォー ビウティフォー」 と二人をなめるように見てきたので
「こりゃ 私的な自転車番兵に使えるんじゃない」 と(パリで自転車2回盗まれた経験あり)
チュニジア大統領に言うと とっとと ローラーを履け と促される

ションゼリゼーは休日の渋谷のように混みあっていて
よれよれ歩く老人や 生後1日の赤子をひき殺しそうになったりしたが
一本道を入ると 自由にローラーで遊べるスペースがあった

17時過ぎて 仏Aと昨日一歳年取ったセドリックから19時に映画見に行こうと電話があったので
凱旋門から引き返す
セーヌ沿いは 石畳なので滑りにくい
4人組の英国婦人が あの子セーヌに落ちるんじゃないかしら ほほほほ なんて笑ってる
あのー きちんと聞こえてますけど

ふと気付くと もうひとりのローラーがついてくる
少し早く行き過ぎると待っていたり 階段などでは助けてくれようとする
かっこいい紳士ストーカー 笑 
チュニジア大統領とわたしは およおよおよ と心の中で笑っている
セーヌ沿いの石畳上のローラーはあまりにもコンディションが悪いのでオルセー側を走ろうということになって
3人で移動
その名前も知らないフランス人紳士ローラープロと話しながら 
すいすいと マーブルの上を30k/h程度で走っていたとき

下り坂でスピードはかなりでていた
その瞬間
斜面にあったバンプに乗り上げ わたしの身体は宙にふわっと浮き
腰からマーブルの地面の上に激突した 笑
呼吸困難 意識薄弱 腰とおしりに走る激痛 あがががががががが

チュニジア大統領が救急車を呼び 通行人のなかから ”たぶん医者” が飛び出してきて
腰と首を固定してくれて 頭の上から 「こんにちは~ はじめまして~ ふふ」
で わたしも がちがち震える歯で 笑みを浮かべて 「ボンジュール はじめまして~ にこにこ」
救急車呼ばなくて良いって何度も言ったのに これはフランス法で決められている などとでまをいう
実は法律家の チュニジア大統領
向こう岸から多くの人がわたってきて あっという間に人だかりを作ってしまった

しばらくして救急車が着くと
チュニジア大統領はすかさず「おおお4人ともいいおとこ」
で 首をがっちり固定され つま先から指の先まで ぎっちり固定された
観光客はあっという間に 野次馬に変わり 向こう岸で この様子の写真を撮りまくる 中国人だか日本人を
どなりつける 救急隊員A 「見世物じゃないから 写真撮るな~~~~」 
別に道の向こうで撮っている中国人に向かって怒鳴らなくてもよいじゃん 救急隊員A
布に包まれ救急車のなかに 入ると 骨折しているかどうかの検査
で スカート脱がして いいかい と聞かれ NONともいえず
骨盤の検査 ここで 骨盤に異常があると サミュに連絡しなければいけないらしい

がちがちに固められて質問される 右も左も下も上も見えない
名前は? ++++++++ エキゾティックな 名前だなぁ
誕生日は? +++++++  若いなぁ彼氏いるの?
出身地は?  「東京」   中国ね   「non, c'est ジャポン」
電話番号は? ++++++++ ふむふむ 後で電話するかも
で、パリで何してるの?
で、君は何してるの?恋人いるの?
チュニジア大統領の素性まで聞き始めた・・・
チュニジア大統領はローラーを返して、パスポートと保険証をとりに行かねばならないので
先ほどの フランス人紳士が 一緒に救急車に乗り込んでくれる というと 
救急隊員A
だめだめ 君は 恋人か? どこでであったの?ん?ん?友達?
じゃあ とにかく電話番号だけでも 
というと 
今は電話番号渡してるとか 新しい出会い作るとかそういう時間じゃないだろう!!!とマジで怒ってる
救急隊員Aは結構 変わり者だった

横も首もぎっちり 固められて 救急車内で検査している途中
若い かわいい 救急隊員Bが 寒い? 寒い?と何度も聞いてくる
こんな固められていて寒いわけないじゃろう と思い 暑いです というと
救急車の窓を開けようとしてくれたのだけど 何度やっても 開かないので
何年くらいあけてないんですか?と聞くと 一度も あけたことがないらしい
というか窓というよりも鉄でふさがれた扉のような感じだったので きっと元から開かないのだろう・・

50分くらいそんなごたごたをやって病院に着く
救急隊員Cが
こけた状態から動かさず固定して運搬しました と報告
すると
病院にいた医者が
なんだその首の固定の仕方は
といっていきなり首輪交換 
新しいテクノロジーの首輪らしいんだけど、4人が試行錯誤やってもなかなかとめられない・・
違う違う こうやってここでとめるんだ と わたしの顔の上でデモンストレーションしたあと 
4人の手で首輪をはめようとしている
あのー 4人でやるから できないんじゃないんですか?
そんなことを考えていたら 締め付けられて ぐぼ っとなった

その後 ジャーナリストの友人や会社の経営者や大統領の友人が 
次々とタクシーで病院に駆けつけてきた
頼むから 気持ちだけでうれしいから 平気だから 今日のところは帰ってもらって という
で 23時ごろ退院

チュニジア大統領が救急隊員に渡した わたしの靴はどこかに消えうせ
裸足で友人たちとタクシーに乗り込み 帰宅したのです
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by eloundamigio | 2005-06-06 17:33 | Paris | Page Top↑


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